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インドの信仰
今回、インドを旅していて、「信仰とは何か?」を深く考えてしまいました。

インドの宗教といえば、ヒンドゥー教。
たまたま、象の顔をした神・ガネシャの誕生日を祝う月だったこともあり、行く先々で音楽を掛けながら踊り、ヒンドゥー教寺院へと巡礼に向かう人々を見かけました。
最後に滞在したUdaipurウダイプールでは、赤い粉を塗りたくった人々が湖で身を清めながら、ガネシャのために歌い踊る姿を見ることが出来ました。

ganesha fest


ヒンドゥー教徒は、インドの人口の80%を占めるわけですので、8億人を超えていると思われます。
ただ、観光ルートにヒンドゥー寺院が組まれていなかったこともあり、実際に寺院を写真に収めたのは、Udaipurだけです。

hindu


ヒンドゥーって言えば、カースト制度が有名だけど、カースト制度については、部外者であるげろんとが偉そうに書くことは出来ないので、簡単に。

もともとは色を表した「ヴァルナ」という身分制度(バラモン・クシャトリア・ヴァイシャ・スードラと世界史の授業で覚えたはず)とジャーティという職業・地縁・血縁的社会集団や階層が組み合わさった制度。実際には、時代と共にどんどんと再分化され、何千にものぼるカーストが存在するのだとか・・・。
で、ポルトガル人が「血統」を現すCastaという言葉を用いたもんだから、これがカーストって言われるようになったのね。

実際には、ヴァルナに属さない(属することすら許されない)「アンタッチャブル(不可触賎民)」という人々が1億人ほど存在していて、彼らはカースト制度が憲法の上では廃止されたにも関わらず、相変わらず差別を受けている人々。(詳細は、ここ
1億人ってことは、ドイツの人口よりも多いってことですよねぇ。
さすがインド、規模が違う!! と感心することじゃないのですが・・・。

ちなみに、この旅行を通じて我々を無事に目的地まで運んでくれたドライバー氏も、現地でのガイドをしてくれたガイド氏6名のうち3名も、「自分はバラモンで・・・」と発言することがありました。インドに商用で出かける知人によれば、「自らカーストを名乗るのは、大体、最高階級のバラモンなんだよ~」とのこと。


で、このカースト制度に抗議するような形で、時をほぼ同じくして、新しい宗教観が生まれたわけです。
それが、仏教とジャイナ教。
仏教はアショカ王が庇護したりということで、隆盛を極めた時期もあったのですが、その後、本国インドでは衰退。現在のインド国内における仏教徒は、人口比で1%にも満たないのです。

ジャイナ教というのは、徹底した禁欲主義で有名で、信徒数はやはり全人口の1%にも満たないのですが、商売で成功する人が多いのだとか。彼らは、収入を寺院に寄進するため、非常にお金のかかった素晴らしい寺院が多いそうです。
菜食主義(肉はもちろん、卵も魚も乳製品もダメ)どころか、地中の野菜(大根、人参、ジャガイモ、玉ねぎなど)も、新たに生まれるべく命を絶つことになるということで、食べないのだそうです。日ごろから、食べるものを節制できないげろんとには、難しいですが、その環境で生まれ育った人間にとっては、当たり前のこととして受け入れることができるのでしょうね。

jain 1

jain 2


写真は、砂漠の街・ジャイサルメールJaisalmerのジャイナ寺院。
内部は素晴らしい、石の細工が施されています。


インドは、ヒンドゥーの国ではありますが、インドネシア、パキスタンに次いで、世界で3番目にイスラム教徒数の多い国でもあります。
人口比にすれば、13%強なのですが、何と言っても母数が大きいので・・・。


delhi moschee


写真は、インド最大と言われるモスク「ジャマー・マスジットJamma Masjid」(デリー)のもの。
この写真を撮影するためだけに、200ルピー(約5ユーロ)のカメラ持ち込み料を徴収されました。
たまたまお祈りの最中だったため、中は見学できず、外から一枚撮影したのみ。
「それでもお金を取り立てるのは、イスラム風だよ」と、ヒンドゥー教徒のガイド氏の一言。
この発言に、宗教間の微妙な空気が流れているのを感じます。

げろんとからみれば、旅行者相手のぼったくりは、ヒンドゥー教徒にも共通していましたよ。


さて、私がインド旅行を前に、バイブルのように何度も読み返した旅行記があります。

舞台美術家である妹尾河童氏が書かれた
「河童が覗いたインド」という本です。
河童が覗いたインド (新潮文庫)河童が覗いたインド (新潮文庫)
(1991/03)
妹尾 河童

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この中に、ムンバイ(ボンベイ)のパルシーについても書かれていました。
パルシーとは、ペルシアでゾロアスター教からイスラム教への改宗を迫られた際に、改宗することを拒み、インドに流れ着いたペルシア系の人々。
彼らは団結力が強く、他民族との血の交わりを嫌うために、パルシー同士でしか結婚しないのが通例だそうです。
ただ、ネルー初代首相の娘で自らも後継者となった故インディラ・ガンディー氏は、このパルシーの男性と結婚なさったとか・・・。例外はあるのですね。
で、お互いに助け合う精神が強く、経済界で大成功を収める方も多い。
有名なのが、車などで有名な企業グループTATAの一族。

意外なところでは、あのロックの神様ともいえる伝説のバンド、クイーンのボーカリストだった故フレディ・マーキュリーも、パルシーだったのですね。


で、このパルシーと並び、経済界でも成功を収めるのがスィク教徒。
ターバンと長い髭が有名ですが、宗派に寄っては、ごく普通の格好をして生活なさる人もいます。
そういえば、げろんと医院の近くにあるピザ宅配サービス(なぜかインド系が多いですね)は、パンジャブ州出身のスィク教徒一家です。

げろんととろん夫、ガイドさんに頼んで、デリーにあるスィク寺院に連れて行ってもらいました。
(写真と、その詳細は、次回に掲載します。)


スィク教徒もパルシーも団結が強く、教育レベルの高い人が多いのが特徴だそうです。
そして、どちらも「肉食」。
「聖なる牛は食べない」(ヒンドゥー)だの、「ブタは不浄」(イスラム)だの、言っている人よりも、植民地支配下で欧米人との会食がスムーズに進んだわけで、このあたりも成功した秘訣じゃないかと、げろんとは考えています。
確か、妹尾河童氏もそんなことを書いておられたような・・・。

このほかにも、植民地支配の影響でキリスト教徒がゴアなど南部を中心に人口比2%ちょっと。


ヒンドゥー教徒、イスラム教徒とスィク教徒は、カシミール地方やパンジャーブ地方の分離独立などをめぐって、いがみ合っているようで、テロやら、軍隊が出動して大虐殺を行ったりと、血なまぐさい抗争が、時々起こっています。
宗教もカーストも超えて、「ひとつのインド」を目指した、インド独立の父マハトマ・ガンディーは、ヒンドゥー教徒でありながら、ヒンドゥー原理主義者によって殺害されました。
スィク教徒に出兵して、多くの犠牲者を出したインディラ・ガンディー元首相は、スィク教徒により倒されました。


お互いの違いを認めながら、共存しようとしてもダメ。
強攻策に出て、相手を押さえつけようとしても、ダメ。

インドで起こり続けている「宗教」を言い訳にした人権侵害や、権力争いによる人殺しは、インドだけの問題ではなくて、世界共通のものなのかもしれない・・・と、ふと感じました。
日本人のげろんとには、なかなか「宗教」というものが理解できないけれど、本当は「宗教の教えにのっとって、みんなが真面目に生きることによって、幸せに暮らせる」ために、宗教があるはずだと信じているので、なんだか深く考え込んでしまいました。


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げろんと紀行 | 18:34:07 | トラックバック(0) | コメント(0)
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