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難民申請却下
げろんと、海外に住んでいる日本人で、日本国籍保持者です。
日本で日本人として暮らしていると、「日本人=日本国籍保持」という感覚は、当たり前のことに思えてくるですが、独逸にいると「そうでもない」ということに気が付きます。
たとえば、自称「トルコ人」の元学友ですが、実際には独逸国籍保持者で、トルコ国籍を有していません。
私はそういう人を、「トルコ系独逸人」と便宜上呼んでいますが、元学友としては、「トルコ民族=トルコ人」という捉え方が正しいと思っているのでしょう。
勿論、独逸政府やゲルマン民族たちは、「独逸人=独逸国籍保持者=独逸語が母語で独逸文化に通じ、独逸社会に溶け込んでいる」という妄想を捨てきれず、独逸国籍を持つ異民族に対しての攻撃を続けるケースも出てきます。私自身、独逸語を理解し、独逸社会に溶け込む努力をし、独逸文化に関心を示すのは、国籍保持者に限らず、この国で暮らす上では、重要かつ便利なことだと思っているのですが、移民にそれを押し付けたところで、無理なものは無理だと思う・・・という立場です。


さて、独逸でも、日本でもそうですが、外国籍の人間ということは、当然ながら滞在許可が必要なわけです。
げろんとのように、独逸人と結婚して独逸で生活している場合には、いとも簡単に滞在許可がおり、石の上にも3年・・・の言葉通り、3年もいれば、無期限滞在許可のような「定住許可(Niederlassungserlaubnis)」がいただけます。この制度を悪用して、独逸での滞在許可&就労権が欲しいがために、3年間我慢をして独逸人と結婚する人たちもいますが。
婚姻関係以外で独逸に来る外国人の中には、滞在許可のために、外国人局との闘いを繰り広げる場合も少なくないのではないでしょうか。


先日、コソボ出身という男性30歳と話す機会がありました。
彼は、8歳のときに家族とともに、戦火を逃れてやってきて、それ以来、故郷の地を踏んでいない、いわゆる「難民」のような立場。
しかし、実際には、難民申請が却下されて、正式な滞在許可を持たないという宙ぶらりんな状態のまま、22年経っているわけです。彼らは、Asyldüldende(アシュールデュルデンデ)と呼ばれ、「本国に送り帰されるのを待っている状態」。22年間もですよ!! コソボが独立し、現地が戦争状態ではないということも手伝い、彼らが難民申請して受け入れられる可能性はゼロに近いでしょう。

どういう経緯だか不明ですが、五人兄妹のうち、一番上のお兄さんはベルギー、二番目のお姉さんはフランスへ渡り、現地で難民申請が受け入れられ、正式に滞在許可をもらっているのだそうですが、両親と残りの3人は独逸に来てしまったばっかりに、難民申請を却下されてしまったわけです。
それなら、フランスかベルギーへ行けばよいのでは???と、普通なら考えるのでしょうが、このアシュールデュルデンデという立場では、居住する群・市の管轄外には許可なしに出られないということと、難民法のルールで、「暮らすのに危険でないとみなされる地域で、一番最初に足を踏み入れた国で難民申請を行わなければならない」という規定がありますので、ベルギーやフランスで新たに難民申請をすることができないのです。


リビアやチュニジアから地中海を船で渡って、イタリア・スペインに来る難民希望者というのは、イタリアなりスペインで難民申請を行わなければならず、アラブの春の際には、特にイタリア政府が悲鳴を上げていましたね。


おまけに、彼らは「正式な滞在許可」がないので、就労も許されていません。
(表向きは!!)税金から出る生活費で生活している身分なのです。

私が話をした人は、3歳のころから知っている親戚関係の女性(やはり難民申請を却下され、表向きは「本国送還待ち状態」の女性)と結婚し、4人の子持ち!!
子供たちは、当然ながら、コソボという国を見たことがないのですが、それでも、「国に帰るように」と命令が下ったら、見知らぬ国・コソボで暮らさなくてはならないのです。

こういう話、テレビや雑誌では知っていても、なかなか実際にその立場にいる人と話す機会ってないものです。
日本人として、世界中で怪しまれないパスポートを持ち、ここでも独逸人の妻として「のほほ~ん」と生活している私には、想像もつかないような苦労と不安を抱えながら生きている人もいるのだな・・・と、世の不公平さを感じます。

とは言うものの、物事、いろいろな角度から眺めて見なければなりません。
今までの話は、あくまでも難民申請を却下された立場の方から聞いた話。

この町に住む独逸人や外国人局の職員から見たら、こんな感じです。

少なくとも、彼が住んでいる郡に限っては、皆さん、それなりの生活をなさっています。
げろんとが住んでいる郡は、まるで兵舎を荒廃させたような、ひどい建物で好ましくない住環境だと、バイエルン公共放送でも報道されてくらいです。が、この男性一家が暮らす、お隣の郡では、普通のアパートのような建物を郡が借り切って、きちんと管理されています。確か、テレビもあったような・・・。

この男性、持っている携帯電話も服装も、ろん夫よりもいいものでした。
一体、どうやって携帯を維持できるんだか??
子供4人も居て、家族の誰も正式には働けないはずなのに・・・。

実は、彼の親戚関係で、「糖尿病の悪化が著しく、コソボに帰せるような健康状態じゃない」という理由で、正式な滞在許可を求めて訴訟を起こしている人がいるのですが、この糖尿病患者さん、薬を飲まない・・・など、「努力して」糖尿病を悪化させているのです。
ちなみに、その糖尿病患者さんの法廷提出用診断書ですが、弁護士から「費用は患者本人に請求して欲しい」と言われまして・・・。当然、払えるわけがなく、踏み倒しですわ~。
私、「患者さんが軟禁状態にある群の外国人局に請求してみたら??」と進言したんですが、大した金額(二桁でおさまる範囲内)じゃないからという理由で却下されました。


逆に考えれば、「体を張り、どんなセコイ手を使ってでも、何とか独逸に残りたい」と思うほど、祖国は酷い状態なのだ・・・ということでしょうか。われわれは、この裁判の行方も知る由がありませんし、4人の子持ちの男性の将来も見届けることはできませんが、希望がかない、この国で一生懸命働いて、税金を払って、今まで税金で生活してきた分を返す意気込みで生活してくれるといいなと願うしかありません。

丸々と太って、幸せそうに寝ているわが子と、生まれた国からいつ見知らぬ国へ追い出されるか分からない子供たち。どちらも同じように、「移民の子」として、この国で生まれてきた命なのに・・・と思うと、やっぱり心が痛みます。
この4人の子持ちの男性、非常に人当たりがよく、「書類を出してくれる相手を怒らせないように・・・」とものすごく気を使っているのようでした。もしかして、威張りくさる外国人局の職員相手に、下手に下手に出て、滞在許可を半年ずつ延長してもらうという人生を送っているからなんじゃないかな・・・と思います。
(ちょっと立場は違いますが、トルコ系労働移民の子であり、FDP自由民主党の幹部まで務めたことのあるMehmet Gürcan Daimagülerの回想でも、そんなくだりがありましたっけ。)



新年早々、重たい話だな~と思いつつ、覚えているうちに書かないと、すぐ忘れちゃうもんですから・・・。
お付き合いくださって、ありがとうございました。

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げろんと的 独逸時事  | 14:55:01 | トラックバック(0) | コメント(2)
コメント
祖国の復興
コソボの紛争が一段落した時点で、祖国の復興に国民が全員で当たるべきだったでしょうが、こちらの生活の快適さに留まってしまいたいという当たり前の考えが浮かんだわけですよね。 
 私も経済難民?見たいな物ですから他人のことは言えませんが、、、、(日本の音楽での生活の厳しさに帰れなくなった口ですから(爆)
2012-01-14 土 21:53:50 | URL | アルペン55 [編集]
アルペンさんへ
私自身、自分が同じ立場なら、祖国に帰りたいと思うかどうか不明です。
同じように厳しい生活なら、最低限が保障されているドイツに留まりたい・・・というのが、人間として当たり前の選択にも思えますもの。

経済難民だなんて・・・。
しっかりと、社会保障・税金を払って、長年暮らしておいでのアルペンさんは、ドイツにとってもありがたい存在ですよ。音楽の世界は、日本でもドイツでも厳しいようですね。
2012-01-16 月 15:04:02 | URL | げろんと [編集]
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