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Author:げろんと
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Abitur20周年記念
先日、ろん夫のAbitur(アビトゥア)20周年記念のクラス会がありました。
ギムナジウムの先生が、わざわざ土曜日に出てきてくださり、数年前に改築された校舎の見学もできるということなので、興味津々のげろんと、太郎と一緒に、ろん夫にくっついて行きました。

校舎は、自然光がたっぷり入り、明るい感じ。
ところどころに、カラフルな椅子やらが配置してあり、げろんとが抱いている「学校」のモノトーンなイメージとは違います。


akg


化学実験室。
げろんとの中学・高校の実験室より本格的な気がします。

chemie akg

図書館は、2階建て。
一部の大学の「学部図書館」よりも立派な気がするのですが・・・。

bib akg

ただし、本の数は、げろんとが通った高校の図書館のほうが多いような。


次は屋根に・・・。

dach akg

もしかして、ソーラーパネル???
なかなかモダンですね。


また、食堂なるものも設置されていて、働くお母さんたちが子供を通わせるにも適しています。
何と!! バイエルン州で全日制の8年制ギムナジウムG8が導入される数年前から、食堂が存在したとのことですので、田舎町にしては画期的です。連邦政府の「働く母親を支援する学校づくり」というプログラムにより、補助金を得て食堂の実現にいたったそうです。
残念ながら、写真を撮れなかった・・・。
けど、大学のメンザを小さく、そしてカラフルに明るくした感じ。

ちなみに、「職員室」というのでしょうか、先生方のお部屋、長机がずら~っと繋がっていて、各教師一人ずつの机が存在しない!! これは、げろんとには驚きでした。
こちらで、学齢期のお子さんをもつ方々なら、当たり前に思えるのかもしれませんが・・・。
これも、写真がなくて残念。

太郎を抱いていたので、写真を撮れなかったのです。
最初はろん夫に任せたのだけど、あまりにも乱暴な抱き方をしていて心配になったので、げろんとが引き受けました。が、ろん夫は旧友とのおしゃべりに夢中で、写真も撮ってくれなかったのです。


最後に、みんなで記念撮影。

abitreff


太郎もおしゃぶりくわえながら、しっかり記念撮影に参加。
一緒にギムナジウムを卒業した44人中、出席したのは半分以下。
皆、それぞれ忙しい日々を送っていたり、「過去のことには関心を持たない」というタイプの人もいるのでしょう。中には、家族ですら居所がわからない同級生もいるらしく、全てに連絡が行き届いたわけではなさそう。

20年前、皆さんは、何をしていましたか??

この20年間、私は何をしていたのだろう???
と、立派に活躍している、ろん夫の同級生たちを見ながら、ふと考え込んでしまいました。

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げろんと夫 | 16:15:40 | トラックバック(0) | コメント(4)
縫合処置の練習
ろん夫、外科にも1年5ヶ月勤務した経験があります。
当時の専門医教育規則では、一般医になるには、外科で半年以上勤務することが義務付けられていました。
それで、仕方なく勤務したというのが、正しい表現ですが、上司にも同僚にも恵まれていて、ついつい長居したのです。

ろん夫が外科勤務時代に頑張ったのは、日本語の勉強。
「自分は外科医になるわけではない」と割り切って、仕事をサボったわけではないけど、職場の机にも「ひらがな表」を貼りつけて、暇さえあれば日本語単語を復習したりしていたようです。

当時は、ろん夫のように強制的に外科で働いていた同僚と、外科医になりたくてオペがしたい同僚のバランスがよく、ろん夫は傷の縫合などはやったものの、それほどバリバリと外科で勉強したわけではありませんでした。
しかし、開業してしまえば、誰も助けてくれない。
いざとなったら、縫合しなければならないわけで、週末のある日、縫合の練習をしていました。


uebung


これ、私が料理用に買った厚切りベーコン。

「殺菌処理済の道具しか使わないんだから、問題ないよ。」
と、なだめられ、翌日のチャーハンの具となりました。

げろんとは、ど素人ですので、上手いのか下手なのか知りませんが、ろん夫が不器用であることを知り尽くしているので、できれば、外科医に縫合してもらいたいと願います。


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で、実際に患者さんに処置を施すのかと尋ねてみたら、
「う~ん、病院だってすぐ近くだし、外科開業医も緊急時にはすぐに患者さんを受け入れてくれるからねえ」との答え。

相変わらず、ろん夫は、要領がいいというか・・・。
まあ、仕事熱心なろん夫に免じて、今日も↑↑ポチッとお願いします。

げろんと夫 | 19:56:35 | トラックバック(0) | コメント(4)
げろんと夫、開業を決意する
げろんと夫から入る情報をネタにさせてもらうわけですから、げろんと夫というか、げろんと夫が開業にいたった経緯についても少しご紹介させてください。

夫は、げろんとより一才年下です。
精神年齢は、げろんとと同い年かそれより上??

職業は医者ですが、10月に開業するまでは、病院の内科で3年、外科で1年半、ホームドクターとして開業している一般医(Allgemeinarzt)の元で、アシスタントとして働き、一般医の専門医試験を受けました。
そして、その後、会社員として働いていました。

えっ? 医者なのに会社員?? と思われますよね。

いわゆる「産業医」として働いていたのです。

産業医になるには、Betriebsarztという1年の実務経験と合計4週間研修でとれる資格と、これに更に1年の実務経験と専門医試験を要するArbeitsmedizinerという専門医資格の二通りがあります。
夫は、最初の一年間、「産業医派遣業者」で働いたあと、化学系大企業に転職して専門医資格を取りました。その後、資格を武器に、更に自分の故郷付近にある自動車部品等製造業へ転職したのです。
ちなみに、大企業で専属の産業医として働く場合には、救急医療の資格が求められるケースが多いです。げろんと夫は、この資格も取っていますし、何故だか、針治療の資格も取りました。針治療の資格は、「使うことはない」と本人が断言するので、はっきり言って無駄な出費と労力でした。

この時期、げろんと夫婦は、毎年引越しをして、げろんとはその度に、学業に加えて、アパート探し・転学手続き・古いアパートのリフォームなどに追われていました。
「業界」では、フレキシブルでエネルギッシュであることが求められていて、実際には、この形容詞が当てはまらない、げろんと夫のお尻を叩いてみたり、なだめてみたりするのが、げろんとの役目でもありました。稼ぎ頭の夫に、「会社やめる」なんて言われちゃ、困りますからね~。


最後に、自動車部品製造業への転職を持ちかけられたときには、疲れ果てたげろんとは怒り狂い、一週間の間、家庭内別居をしたほどでした。そう、げろんとも、フレキシブルでエネルギッシュとは、全く逆のタイプなのです。(←似たもの夫婦)


そうこうしているうちに、ホームドクターとして内科医院を開業していた、げろんと義父が引退することになりました。なかなか後任が見つからない。後任がいなければ、患者さんも職員も路頭に迷うわけです。

それに加えて、アメリカの経済危機が飛び火したのと、経営陣の戦略ミスから、げろんと夫の勤める会社の経営が危うくなりました。自分の会社よりも、格段に大きなタイヤ会社の株を買い占めて、吸収する戦略が失敗したのです。経営の素人げろんとから見ても、無謀な計画だったわけですから、こういう経営陣が未だに居座っている会社というのも、情けないものです。

会社の経営状態が良いうちは、職員の健康のために、いろいろなプロジェクトを組む予算が与えられたり、仕事も楽しかったようですが、お金がないため、予算が与えられなくなり、仕事も単調になってきました。


そんな理由が重なって、げろんと夫が「開業する」と言い出したのです。


げろんとは、夫の決断があまりうれしくありませんでした。
田舎で開業医として働くことは、家族にとっても、「開業医の家族」としての生活を強いられることが、ここ独逸でもよく見られます。
夫が開業するということは、この田舎町で行動する限りは、げろんと自身も夫の看板を背負っているということを、げろんとは子供の頃からの経験上、知り尽くしていました。何も、独逸くんだりまでやってきて、自分の生い立ちを繰り返すのは、「ごめんだわ!!」という心境だったのです。

最終的に受け入れる気になったのは、夫が大企業には向かない性格だということと、「これ以上の転職はない」という安心感からでした。


そして、決断から8ヶ月。

げろんと夫は、父親から医院を引き継ぐに到ったのです。
そうそう、義父は今のところ、守秘義務の問題もあったので、無給で手伝ってくれています。アリガタヤ~。
実のところは、31年間守り続けてきた「自分の城」を、簡単には明け渡せないというところでしょうか。
勤め人なら、「定年退職」という制度があり、強制的に仕事人生とお別れさせられるのですが、自営業というのは、この辺が難しいものですね。


と、今日は夫の職歴などを中心に、開業に到ったプロセスを書いてみました。
ちょっと、つまらなかったかな??

次回は、患者さんとのやり取りについてでも書けるといいですね。
ネタがたまってきたのですが、既に忘れかけています。
私の脳は、どんどんスポンジ化しているようです。イチョウ葉エキスでも調達しようかな。

そうそう、イチョウ葉エキスのかわりに、ポチッとランキングバーナーをクリックね。
脳が活性化されますので。


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げろんと夫 | 09:02:36 | トラックバック(0) | コメント(4)

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